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Харваач ! XXX

馬群.JPG

この馬の乗味は、なんとなく日本の木曽馬に似ている。
以前、武田流で射手を務めていた頃、紅葉という名の木曽系の牝馬がいて、流鏑馬に来る前は草競馬で鳴らしていたという、やはり脚の速い馬だった。
その紅葉のことをふと思い出した。
ちなみに、野沢謙による血液蛋白を指標とした遺伝学的解析によれば、日本在来馬すべての品種は、モンゴル馬に行きつくとみられている。

余談だが、純血の木曽馬は、かつての国策によって絶滅させられてしまった。
明治初頭から始められた我が国の馬匹改良は、日清戦争(1894-95)、義和団の乱(1900-01)などでの教訓から、特に軍馬において急務と判断され、以後、軍部主導で進められていった。
去勢法(1901)、種馬統制法(1939)が発布されると、外来種との交配がより徹底され、在来種の牡馬は、種馬として認められたもの以外は去勢が義務付けられた。
木曽馬の種牡馬は軍用に適さなかったため、そのほとんどが去勢されてしまった。
事実上の断種である。
その後急速に頭数が減り、純血の木曽馬は第三春山号(1951-75)が最後になった。
それでも第三春山号は、生前に700頭もの子孫を残し、戻し交配による木曽馬復活の礎となった。


小一時間ほど走り回ってゲルに戻ると、待ちかねたように大柄な中年の男が走ってきて、私が馬から降りるや否や、身のこなし軽くさっと乗り替わると、オールガを手に数十頭いる馬群の中に駆け込んでいった。

私が見たオールガは、長さが5mくらい、太さは直径3㎝くらい、材は楊である。
たしか、2~3本の木を繋ぎあわせていたようだったが、記憶が定かではない。
棹先に革紐の輪がつけられており、その輪に馬の首を通して捕まえる。
オールガを実際に手に取ってみると、軽くてとてもしなやかだ。ただ、これで本当に馬を止められるのかと、つい疑いたくなるほど華奢である。

男は一頭の馬に狙いを定め、執拗に追いかけている。
両手でオールガを構えているので手綱を使えないが、馬は乗り手が狙った馬を追うように調教されている。

追われる馬が、馬群の中を右に左に蛇行しながら、必死に逃れようとしている。が、やはり追う側の速さと動きのほうが、一枚も二枚も上手だった。
革紐の輪が馬の首に掛かると、オールガは釣竿のように撓った。馬はなおも抵抗する。
男は鞍の後橋を越えて馬の尻に乗ると、後橋で体を固定しながら強く引いた。
馬はようやく観念して止まり、そこへすかさず、他の牧民の男たちが走り寄ってきて、
馬を押えながら手際よく尻に焼き印を押した。私の傍らに炭火の入った缶が置かれており、中で焼きゴテの先が真っ赤になっていた。

さっきの少年も、目を輝かせながら一連の作業に見入っていた。
オールガで馬を捕える仕事は、乗馬の技術もさることながら、体力的にも極めてハードだ。しかしだからこそ、牧民の男にとって一人前の証となるのだろう。

私は最高の駿馬に乗る機会を得て、また、オールガの技術を間近で見て、帰りの車中もまだ興奮気味だった。
その勢いを借りて、助手席のマギーにさりげなく聞いてみた。
気になっていた、彼女の左手の薬指のことだ。

「君は結婚しているの?」

愚問は承知の上だったが、思わぬ答えが返ってきた。
マギーは左手をすっとかざして、

「幸せは右の薬指から入ってきて、左の薬指から出ていくというので、こうして止めて
 いるんです…」

胸先で指輪を抜き差ししながら、淡々と言った。
しかし、あとで人から聞いた話では、それは薬指ではなくて小指ではないか、という。

どちらにしても、彼女が言ったことは、質問の答えにはなっていなかった。

紅葉と.jpg

馬用鞍1.jpg

(上) 在りし日の紅葉と私 (下) 馬用鞍 国立民族学博物館蔵


Харваач ! XXIX

草原.gif

馬の脚が、まだかまだかとせかしている。
絆されて、ほんの僅かでも心を動かしたなら、こいつはすぐに飛び出すだろう。
ゲルの前の斜面をゆっくり下りながら、せめてもう少し足場の良いところまでと、懸命に心を殺した。

“そろそろいいだろう”

瞬間、馬は弾き出されたように駆けだした!
あっという間に帽子が飛んだ、が、かまっていられない。
スピードが上がるにつれ、地鳴りのような蹄の音も、後ろに下がっていく。

「チョォ!」

私は気持ちで負けるまいと、なおも馬を追った。
低くなだらかに続く丘の間を走っていくと、やがて前が広々と開けてきた。
このまま地平線を目指し、 “外海” に飛び出したい衝動に駆られた。
なにしろこいつは、一度で数十キロもの距離を走りきる脚と心臓の持ち主だ、私のお付き合い程度なら、べつにどうということはない。
しかし、うっかり遠くまで行って、万が一、放馬してしまったら厄介なことになる…。
思い直して、右手の最後の丘へ馬の鼻先を向けた。
馬は素直に方向を変えると、スピードを落とすことなく、斜面を一気に駆け上がった。
その力強さに舌を巻いた。

“こんなパワフルな馬に、子供たちが乗るなんて!”

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丘の上に立った瞬間、見渡す限りの平原が目に飛び込んできた。
この雄大な景色の美しさには、心のどこからか、幽かに湧いてくる懐かしさと、人の命なぞ、容易く吹き消してしまうような恐さがある。

すぐに少年が追いついてきて、手には私の帽子があった。

“その帽子、君にあげるよ”

そう手振りで示すと、少年は帽子を深々と被って、あごをクイッと上げた。
馬はもう落ち着いていた。私たちは並んで丘を下りて、地平線に向かってゆっくり進んでいった。
少年は鞍無しで股が痛くなるのか、時々馬のお尻に座ったりしている。

「いい馬だね」

馬を指差して、親指を立ててみせた。
少年は笑顔で応えると、馬に「チュッ」と小さく声をかけて、その腹を軽く蹴った。


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