So-net無料ブログ作成
検索選択

武田流馬術教範

武田流馬術教範.jpg

このところ、弓馬術の流派である「武田流」の話題で盛り上がっていたので、
ふと思いだして、本棚から引っ張り出してみた。

「武田流馬術教範」

これは私の恩師、故・金子家教先生が書き遺したもの。
今や失われた日本の伝統馬術について、実践的かつ簡潔に纏められている。
流鏑馬愛好家にとって良いテキストだ。

いつか世に出したい。

城南宮流鏑馬の記事

城南宮流鏑馬.jpg


城南宮流鏑馬日経.jpg

城南宮流鏑馬の当時の記事。2004年だと思っていたら間違いで、
2005年5月28日のこと。写真の射手はどちらも私。
ちょうど10年前になるが、この頃はまだ、馬射戲は思いついていなかった。

写真上 朝日新聞 (2005年5月29日) 
写真下 日本経済新聞 (2005年5月29日)

10866698_746160678787096_2087725174_n.jpg

横浜中華街・春節2015

2015春節ポスター.jpg

詳しくはこちら ⇒ http://www.chinatown.or.jp/
                               ※画像の無断転載はご遠慮ください


謹賀新年

乙羊.JPG

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます

                            平成27年 乙未年 元旦



ふたつの渡来文化

二つの渡来文化2.jpg

高麗神社にて、横浜中華街発展会協同組合・平野常務理事(左)と高麗文康宮司。
平野常務理事は、中華街にある『横浜大世界』『横浜博覧館』の代表でもある。

今回の会談では、今後、横浜中華街と日高市、高麗神社、高麗郡建郡1300年記念
事業委員会の交流を深めながら、まずは、お互いのPR活動で協力する、という意見で
一致した。

つまり、横浜中華街で馬射戲が、高麗神社及び日高市周辺で春節祭が、
それぞれポスターやチラシなどで紹介されるということ。

今後のさらなる発展に期待!

横浜中華街 http://www.chinatown.or.jp/
横浜大世界 http://www.daska.jp/
横浜博覧館 http://hakurankan.jp/index.html



第3回高麗王杯 馬射戯~MASAHI~騎射競技大会を終えて

2014masahi.jpg

現在、流鏑馬が行なわれている所は、全国でおよそ200ヶ所。
かたちは様々だが、騎射発祥のユーラシア大陸と海を隔てた小さな島国で、この数は驚異的だ。実は、これほど騎射が盛んな国は他に例がない。
しかしその一方で、廃止を余儀なくされている所もある。流鏑馬にかぎらず、馬の伝統行事すべてに枠を拡げてみれば、ここ10数年の間に、県の文化財級のものまでが消えた。理由は、資金難、後継者難である。開催費用はもとより、馬の調達が難しいことや、若者の流出、核家族化が存続に影を落としている。

そうしたなかにあって、わが馬射戯は順調だ。幸いにして事故もなく、回を重ねるごとの盛り上がりは、私の予想を越えつつある。
今年から高麗郡建郡1300年記念事業にプロデューサーが付いた。2002年、日韓サッカーワールドカップ開催に関わった人物で、高麗宮司が白羽の矢を立てた。
就任後、高麗郡建郡1300年記念事業委員会の大野松茂会長らと共に、馬射戯を高麗郡建郡1300年記念事業のメインイベントの位置付けとして、広報活動にもより力を入れた。
西武鉄道、モランボン株式会社、駿河台大学、コカ・コーライーストジャパン株式会社の協賛を得、駐日韓国大使館韓国文化院、NHK埼玉放送局、地元各TV局、新聞社、さらに、地元日高市のみならず、埼玉県全域となる8市3町各商工会など、多くの協力を取り付けた。彼は競技には口を挟まないが、

「これからは、宮川さんの趣味ということだけでは収まりきれません」

と、力強い。
今後の計画では、段階的に大会規模を拡大し、参加国も増やす方針だ。
2015年にはアジア大会、そして2016年、本祭となる高麗郡建郡1300年記念祭には、世界大会開催が打ち出されている。

それはさておき、高麗郡建郡1300年記念祭は100年に1度の大祭である。
大会規模はどうあれ、悔いの無いように取り組みたい。
高麗郡建郡に尽力した高麗王若光と1799人の高句麗人たちのために。
そして、次の1400年祭に繋げるためにも。
まだまだ、私の“趣味”を織り込む余地はある。



The 3rd Goguryeo King-Cup 馬射戲 ~MASAHI~ Horseback Archery Copetition

馬射戲ポスター.jpg

img0251.jpg


【第3回高麗王杯 馬射戲 ~MASAHI~ 騎射競技大会】
開催迫る。

詳しくはこちら ⇒ http://komagun.jp/fest


マハという名の馬

Mach.jpg

先月、韓国・ソウルにあるKorea Racing Authority’s (KRA) Dressage Stadiumで
開催された【The 10th World Horseback Archery Championship】にて。

私の愛馬は、「マハ」。三歳の牝で、競技も今回がはじめての新馬だ。
始終ビクビクしていて、矢が落ちては跳ね、人が側を通っては跳ね、
音響を嫌がったりと、ずいぶん手を焼かされたが、走りは素晴らしかった。

この小さく薄い馬体で、速さはトップクラス。が、その小ささ故、
バランスを取るのが難しい。その感覚を喩えると、普通の馬がバイクや自転車なら、
こいつは1輪車だ。的を狙いながらコースのカーブを抜けていくときなど、
特に緊張を強いられた(馬手がやや下がり気味なのはそのせいだろう)。

「マハ」という名は、ケルト神話に登場する戦いの三女神「マッハ」のこと。
「マッハ」は、一本足の赤い馬が曳く戦車で戦場を駆け廻り、どの馬よりも
速かったことから、のちに音速の単位「Mach」の語源になったともいう。


                                                 會長



練習風景 Ⅰ

enomoto.jpg

第3回高麗王杯 馬射戲 ~MASAHI~ 騎射競技大会を2週間後に控え、
今回初出場となる榎本君も練習に余念がない。

enomoto2.jpg

mato.jpg

彼の乗馬歴は長いが、弓は半月ほど前に始めたばかり。
でも、ごらんの通りのグルーピング!なかなか筋がいい。
ほめると、

「ヤブサメおもしろいっすねー!ヤブサメおもしろいっすねー!」

と舞い上がる。
・・・ヤブサメでなくてマサヒね、マ・サ・ヒ!いい?こんど間違ったら手が出るよ。



隊長


馬の博物館・秋の特別イベント「馬とのつどい2014」

うまはく.jpg

昨日、馬の博物館・秋の特別イベント「馬とのつどい2014」における、
「古式武術の実演/在来馬チャリティー」は盛況のうち無事終了いたしました。

演武をご観覧、在来馬チャリティーにご参加くださった方々、
そして、本イベントの開催にご協力いただいた方々に、心から御礼申し上げます。

看板.jpg

DSC_0825.jpg

少林寺.jpg

スタージャン.jpg

横浜ご当地ヒーロー・スタージャンも「武術無料体験コーナー」
「木馬で騎射体験」に参加。

553256_1566387100263413_4861485402249919443_n.jpg

どちらかというと、女性参加者が多かった「木馬で騎射体験」。

1チャリティー.jpg

「在来馬チャリティー」の様子。
日本騎射協會では、騎射をはじめとするアジアの古武術を紹介するかたわら、
日本とアジアの武芸に深く関わりがあり、私たちの生活を支えてきてくれた
「日本在来馬」の保存活用、育成に協力していきます。
今回、馬の博物館さまとコラボして、このイベントに参加させて頂きました。

次は、横浜中華街「春節祭特別演武」です。

山下.jpg

……、おっと、その前に「馬射戲~MASAHI~」でしたね。
 
                                                  會長


              


木馬で騎射体験!

DSC_0812.JPG

馬の博物館・秋の特別イベント「馬とのつどい2014」は、いよいよ明後日。
先にお伝えしたとおり、日本騎射協會も「古式武術の演武と在来馬チャリティー」
で参加予定だが、急遽、追加で「木馬で騎射体験」(仮題)も行なうことになった。

で、今日は馬博で木馬、的などの準備。
使う鞍と鐙も“ヨーロピアンでなんちゃって”と思ったけれど、せっかくだから
和鞍、和鐙、あるいはモンゴル鞍にするかな…。(まだわかりません)

「木馬で騎射体験」の対象は、イベントの趣旨と同様、おもにお子様連れの
ご家族だけど、経験者も大歓迎。よかったら“クリニック”するよ。

もちろん、腕試しも。

                                                  會長


おしらせ

2014馬博.jpg

11月3日(祝)文化の日、根岸競馬記念公苑・馬の博物館において、
秋の特別イベント「馬とのつどい2014」が開催されます。

日本騎射協会も本イベントに参加します。

詳しくは、http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/U/U00_20141003.html

                                            會長






The 1300th Anniversary of Establishment Koma-gun

The 1300th Anniversary of Establishment Koma-gun.jpg

馬射戲が高麗郡建郡1300年記念事業のメインイベントに決まりました。                              

                                                 隊長
                                                





馬の博物館 展示情報

10665103_701625213240643_6341124115520176146_n.jpg

馬の博物館で、テーマ展「騎射」「日本在来馬」開催中。

会期は今月28日(日)まで。

詳しくは ⇒ http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/U/20140530.html

                                         會長

百年に一人の天才

日月四季.jpg

成田空港・第2旅客ターミナルビルの出発ロビーに、日本画家・版画家で有名な、加山又造(1927-2004)の陶板壁画「日月四季」が堂々と飾られている。
初めて見たのは20年くらい前。彼の作品のなかでは一番好きで、この絵をモチーフに、射籠手を作れないものかとずっと考えていた。

加山又造は、“百年に一人の天才”と謳われた画家である。
もともと、西陣織の衣装染織図案家の家に育ち、日本画の世界に入るまでは、家業に携わっていたという。
そんな経歴を持つ彼の作品は、伝統的な表現方法を守りながら、独自に装飾的な様式化を追求したことに特徴がある。

「古典の教養に立脚して、時代に生きよ」

これは、やまと絵画家・松岡映丘(1881-1938)の言葉だが、かつて巨匠と呼ばれた人たちはみな、その感覚に長けていた。


Харваач ! XXIII

タルバガン.jpg

つぎのタルバガンを探していると、ウヌルさんが後ろから身を乗りだしてきて、

「ねね、タルバガンのお話、知ってる?」

どうもウヌルさんは沈黙が苦手な人で、私と違っていつも何か話をしていないと気がすまないようだ。自分の話が尽きると、今度は私に“面白い話をして”とせがんでくる。終いには “日本の歌” を歌わされるので、私は彼女の話を盛り上げて、できるだけ引き延ばさないといけない。

「えっ!?なになに?おしえて!」

ウヌルさんはエルデネの肩を抱きよせながら、タルバガンの物語を話してくれた。

- 昔、空には7つの太陽があって、人々はその暑さに苦しんでいた。
長く続いた旱魃で草木は枯れ果て、家畜もみな死んでしまった。
絶望した人々は、ある弓の名手の若者に、7つの太陽を射落としてくれと頼んだ。
腕に自信のあった若者はそれを引き受けると、あえて誓いを立てた。

「もし私が、7本の矢で7つの太陽を射落とすことができなかったら、
この親指を切り落とし、 地面に穴を掘ってそこを住み家としよう。」

そう言うなり、東の空から西の空に浮かんでいる7つの太陽を順々に射ていき、
あっという間に6つの太陽を射落としてみせた。
ところが、7つ目の太陽に向けて矢を放った瞬間、ちょうどそこへ飛んできた
ツバメの尾に矢が中り、太陽を射外してしまった。
太陽は恐れをなして、西の山の向う側に隠れてしまったので、射損じた若者は、
誓いの通り自分の親指を切り落とし、暗い穴の中で暮らすようになった。

若者のなれの果ての姿がタルバガンで、その足の指が4本なのと、ツバメの尾が
二股に分かれているのはそのためである。

そして、太陽が西の山に隠れるようになったので、昼と夜ができたという。-


The 10th World Horseback Archery Championship

10170977_722807027776707_7957125712242618374_n.jpg

The 10th World Horseback Archery Championship

* Supported by World Horseback Archery Federation /
World Martial Arts Union NGO in operational relations with UNESCO

* Oct. 7th ~ 13th, 2014.

* Korea Racing Authority’s (KRA) Dressage Stadium


坂東武士ゆかりの地

DSC_0736.JPG

高麗神社での打合せの後、川合教授、長塚先生と三人で、毛呂山~法恩寺~
山吹の里~慈光寺~霊山院と、坂東武士ゆかりの史跡巡りの旅へ。
もちろん、面子が面子だけに内容も深くて濃厚。史跡巡りというより調査にちかい。

DSC_0745.JPG

慈光寺の板碑はたいへん貴重な文化財。
しかし、先日の台風の影響でもみじの大木が倒れ、板碑の一部が倒壊して
しまっていた。
長塚先生は高校生の時、実習で調査に来られたことがあるそうで、約40年ぶりの
対面に感慨深いご様子。

DSC_0754.JPG

アーンク(大日如来)

DSC_0753.JPG

キリク(阿弥陀如来)

本来、板碑には金箔が施され、線溝には朱が入れられていた。 (発掘事例から)
中世が最盛期で、以後衰退していった。現在の卒塔婆の原形ともいわれている。

川合教授と長塚先生は板碑に食い入るように、

「・・・、と読めますね」「ああ、・・・年、ですね」

と、やってらっしゃる。
風化した中世の碑文を直接読んでしまうところはさすがで、
インディー・ジョーンズみたいでカッコイイ。

DSC_0750.JPG



馬文化歴史講演会

2014講演会.jpg

今年、第3回高麗王杯・馬射戲は、関連イベントをあらたに加えて、
11/22(土)、23(日)、24日(月)の3日間で開催予定。
22日の「高句麗文化セミナー・馬文化歴史講演会」では、講師
大阪大学大学院文学研究科・川合康教授(中央)をお招きする。

川合先生のご著書には、

『源平合戦の虚像を剥ぐ』 講談社選書メチエ 1996年
鎌倉幕府成立史の研究』 校倉書房 2004年

などがある。
流鏑馬に関わっている方ならよくご存じのはずだ。 


高句麗の装束

こくりょ.jpg

馬射戲の装束が出来上がった。

現在、日本で高句麗の装束について研究、再現されている方はたった一人。
その方と一緒に、騎射の機能性を考慮して作ったのがこれだ。

もとより高句麗の装束は機能的で、すべてに無駄と無理が無いという。
最も特徴的なのは、下身頃と上身頃の形が違うことである。
打ち合せで下身頃が一般的なものより奥に入り、上身頃の衿が背中心に沿うように
真っ直ぐ降りている。下身頃が奥に入るのは、体温が逃げないようにするため。

また、袖口と裾口と衿が身頃布とは別布であるのは、表裏の歪みを吸収するのと、
痛みやすい部分のため、交換のし易さである。


Харваач ! XXII

タルバガンの穴.jpg

車は車道を左に折れて進んでいった。
それから20~30分程走っただろうか、ようやく「Hustai National Park」と書かれた青いゲートが見えてきた。フスタイ国立公園のビジターセンターだ。
私たちを出迎えてくれたのはガイドのナドメットさん。到着を待っていてくれたようだ。
実は、ナドメッドさんはムンクさんと旧知の仲で、以前、同じ大学で教鞭を執っていたそうだ。ただ、歳はムンクさんよりずっと上に見える。

ところで、ナドメッドという名前はチベット語だという。が、これは特に珍しいことではなく、ラマ教の影響で、モンゴルの年配の人たちにはチベット語の名前を持つ人が多い。
モンゴル語で名前が付けられるようになったのは、それほど昔のことではないらしい。
ちなみに、ウヌルさんの正しい名前は“ウヌルジャルガル”といい、モンゴル語で“永遠に幸せ”という意味である。

私たちはビジターセンターで少し休憩したあと、また車に乗り込み、タヒを求めて公園の奥地を目指した。
進むにつれ、さらに道は悪くなり勾配も激しくなる。ここではムンクさんのパジェロのようなRV車が最適だ。
車に揺られていると、後ろでウヌルさんが声を上げた。

「ほら、タルバガン!」

ウヌルさんが指さすほうに目をやると、タルバガンが身を翻し、すばしっこく走っていくのが見えた。タルバガンとは、体長40~50㎝ほどのリス科の動物で、見た目は太めのプレーリードックだ。
モンゴルではタルバガンの肉を食用とする。私もためしに一度、口にしたことがあるが、なんとなく鶏肉に似ていて、慣れれば美味しいと感じるようになるだろう。
タルバガンは狩猟の対象としては最も小さいため、猟では専ら口径5.6mm程度のライフルが使われている。

また、彼らは地面に巣穴を掘るので、馬に乗って草原に出ると、たくさんの巣穴を目にすることがある。しかし、馬がそれを避けて左右に跳ぶように走るから、巣穴が多い所で調子に乗って飛ばすと危険である。
ごく稀に、馬が誤って巣穴に足を突っ込んでしまい、人馬転ということもあるらしい。
そのため、外国からの乗馬ツアーのガイドをする牧民のなかには、あらかじめ、巣穴の 無い所を選んでコース取りしてくれる人もいる。

モンゴルの大草原で、自由気ままに乗馬を楽しんでいるつもりでも、その足もとには、牧民たちの細やかな気遣いがある、ということだ。



夏の終わり

夏の終わり.jpg

モンゴルでは今年、特に雨が多かった。
だから例年より緑が濃く、家畜たちもきっと大喜びだ。
草原を吹き抜ける爽やかな風に、ハーブの良い香りがする。

遠くにゲルとオボーと騎乗の人。

ナーダムが終わると季節はもう秋。そろそろ冬の備えを始めるころ。
まだまだ暑さ厳しい日本では、ピンとこない話だが。


お墓参り

IMGP1213.jpg


IMGP1218.jpg

モンゴルに到着してすぐその足で、通訳としていつもお世話になっている
ウヌルさんのお父さんのお墓参りに行った。
お父さんに初めてお会いしたのは5年前。もと政府の役人で、生前大統領に
表彰された経歴から、一般の方々とは別に埋葬されていた。
とても物静かな方で、私に嗅ぎタバコを勧めてくれたお姿が、
いまも目に焼き付いている。

私たちのお墓参りに、ウヌルさんのお母さんもたいへん喜んでくれて、
その話を聞いて、泣いておられたという。
5年ぶりに競馬場で再会したとき、お母さんは私を抱きしめて、
両の首筋にキスをした。
これはモンゴルで最高の信愛を表す礼だそうで、
お墓参りのことを心から感謝しているのだと、あとでウヌルさんから聞いた。
その情の深さに、心を打たれた。

私は本当に、モンゴルの友達とそのご家族、ご親せきの方に恵まれている。


匈奴の可憐な花たち

匈奴の可憐な花たち.jpg.jpg

- 道へ出ると美しく着飾った子供たちが喜々として往来している。
    朝鮮人の子供の美しさは又格別だ。なんとなく神秘の美しさがある。 -

あの浅川巧(1891-1931)が、自身の日記に綴っている。 
時代は違うけれど、私もそう思う。
でもそれは、モンゴルの子供たちにもいえること。

ナーダムの競馬場で、友人の姪っ子たちに会った。
私が挨拶しようとすると、

「こんにちは!」

先にかわいらしい日本語が飛び出してきて驚かされた。
日本語を勉強しているそうだ。

この子たちの来日が、今から楽しみである。


武神が憩う社

masuooyama2.jpg

高麗神社の二ノ鳥居をくぐると、すぐ左手に手水舎がある。
ここの龍は極真会館館長 大山倍達が生前奉納したものである。
大山が高麗神社に参詣するようになったのは、彼が日本に来て間もない頃、
松濤館空手の師である船越義珍に連れられ、初めて神社を訪れた際、
船越から、

「ここは、あなたが参詣すべき神社である」

そう言われたことがきっかけだったらしい。
大山の出身地が朝鮮半島で、高句麗の故地と重なるからであろう。
もう少し穿って見れば、その言葉の裏側に、船越自身も沖縄県出身者ということが
あったのかもしれない。
それはともかく、以後大山は必ず年に一度参拝に訪れ、しかも、その日はきまって
12月30日だったという。

「ほんとうに、“判で押したように” という喩えがぴったりでした」

当時のことを、高麗宮司はそう話す。
大山はやがて松濤館から剛柔流に転向し、さらにムエタイやボクシングなど
他の格闘技を吸収して極真空手を確立したが、高麗神社のことは、最初の師の
言葉を心に刻み生涯忘れなかった。律義で純粋だった人柄が窺える。
これは空手界の頂点に立った男の、知られざる一面であろう。

ところで、高麗神社には大山倍達の他にも、高名な武道家たちが度々訪れている。
日本人のみならず、なかには韓国の人間国宝に認定されている方もいて、
顔ぶれはじつに多彩だ。
そこがまた、高麗神社らしくていい。


騎射競技の提案

kasagake.jpg

騎射競技 「笠懸 Kasagake」の提案です。

その概要を、日本騎射協会のWebsiteに掲載しました。

http://mgl-f.sakura.ne.jp/Kasagake.html

騎射の射法

弓手横.png

日本の伝統的な騎射の射法に、十二種の基本射形がある。
上は弓手横の射法。左横を射る。

弓手筋違.jpg

弓手筋違。左下を射る。

妻手筋違.jpg

妻手筋違。馬の首を越えて、右下を射る。

以上が、十二種のうちの三種である。
また、それぞれに鐙の踏み方があり、妻手筋違には弓の捌き方がある。


Харваач ! XXI

DSC02611.JPG

まるで天に曳かれるように積み上げられている、大小累々たる石。

「オボーだ!」

ムンクさんが次に車を止めたのは、大きなオボーの前だった。
オボーとは、石や土、木などを円錐状に積み上げた道標みたいなもので、その中心には長い木の棒が立てられており、空の精霊をあらわすという青い布がいくつも結ばれている。
オボーは大抵、小高い場所に造られるそうだが、たしかにここも見晴らしが良い。 

古来、草原の旅人はオボーで旅の無事を祈る慣習があった。
その作法はいまも受け継がれていて、オボーの周りを時計周りに3回まわってから、石をひとつ拾って供える。
ムンクさんが黙ってひとりで車から降りると、オボーの周りを歩きはじめた。
私とウヌルさんもあわてて、ムンクさんの後を追いかけた。

モンゴル人にとってオボーは信仰の対象でもあるため、夏には天神を祀り、酒や食べ物などを供えるが、場所によって相撲や競馬、弓射を催したりもする。
おそらく、昔は騎射も行われていただろう。
また、聞いたところによれば、オボーにはいくつか種類があり、そのなかに「戦士のオボー」と呼ばれるものがあるという。
いつの時代かはわからないが、その昔、戦場に赴く戦士たちが集い、互いの無事を祈って積み上げたもので、生還した者は自分の石を外した。
しかし、「戦士のオボー」のことをムンクさんやウヌルさんに聞いても、“そんなものは知らない”とそっけない。本当に実在するのだろうか?

でも私は、この草原のどこかで人知れず佇んでいると信じたい。
今も残る「戦士のオボー」は、還らぬひとたちの魂が、天に昇る姿でもある。


EASTONのGold medalist

Jバース.jpg

1996年8月。
アメリカ・ソルトレイクシティにあるEASTON社で、J・バース氏(中央)と。
J・バース氏は、1988年、ソウルオリンピック・アーチェリー競技男子の金メダリスト
知っている人はかなり古手のアーチャーだ。
彼は当時EASTON社の社員で、訪問した私たちに工場を案内してくれた。
今思えばとても貴重な経験だった。
工場の中はとても広く、就業後、通路を利用して90mの練習ができるそうだ。

EASTONといえばアローシャフトで特に有名だが、スキーのストック、金属バット、
果てはスペースシャトルのチューブまで手掛けていた。つまり、アルミのチューブなら
何でもこなしてしまうわけだ。

彼のオフィスにも案内してくれた。たしか彼専用の部屋で、きれいな奥様の写真
飾られていたのがとても印象的だった。


騎射競技の提案

3D6.jpg

草鹿.png

「馬射戲」に続くあたらしい騎射競技・第二弾として、
「狩猟圖 3D Horseback Archery」の提案です。

その概要を、日本騎射協会のWebsiteに掲載しました。

http://mgl-f.sakura.ne.jp/3D.html


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。